2020.10.05
第9話 先生の器
去る10月1日は旧暦の八月十五日、そう十五夜でした。
予報が良い方に外れて美しく晴れ渡った秋の夜空に、まさに「中秋の名月」がくっきりと輝いていたのをご覧になった方も多かったのではと思います。
十五夜のお月様が、必ずしも満月とは限らないことを知ったのは社会人になってからでした。
今年も満月は10月2日でしたから、名月はちょっとだけ欠けていたことになります。
およそ1000年前、「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」と詠んだ藤原道長も、きっと同じように名月を眺めていたことでしょう。
さてでは、果たしてその名月は満月だったのでしょうか。
天文学者が暦を遡ればわかりそうなものですが、例え物理学的に満月であったとしても、彼の眼に欠けたることなしと思えていても、もしかしたらちょっとだけ”欠けているところ”はあったかも知れませんね。
そう、この世の中、完全”無欠”はほとんどないのです。
欠けていることは欠点でしょうか?それとも欠けているという美でしょうか。
秋の夜長に、なんとなく思いを馳せてみました。
皆さんはどんな秋をお過ごしですか?
それではどうぞ~。




さすが先生。
第1話の私とは大違い。
そう、本当は×っていらないんですよね。
かわいいので◎。それでいいのです。
日々、たくさんのお子さんの指導をされている先生方には本当に頭が下がります。
そんなお忙しい中、かわいいねの一言を添えてくださる寛大さ。
見習わなければなりません。
道長の才を借りて一首



いつの時代も、世の中で我が子のこと以上に大切なことなど恐らくないだろう
母なる太陽の光を浴びて、夜空に美しく光る月が満ちていく様子は、まるで我が子の成長を見るようだ
中秋の名月でさえ、時には欠けていることもある
美しさは無欠にあるのではなく、その輝きにあるのだ


それではまた、ごきげんよう。

0297-45-2121
茨城県守谷市松ヶ丘6-6-1







